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神戸地方裁判所 平成3年(ワ)1699号 判決

原告

河野祥久

被告

山田吉明

主文

一  被告は、原告に対し、金一三〇二万一八七八円及びこれに対する平成元年一一月二六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを四分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は、原告に対し、四六五二万一三二〇円及びこれに対する平成元年一一月二六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、交通事故により受傷した原告が損害賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  本件交通事故の発生

原告は、平成元年一一月二五日午前零時二五分頃、普通乗用自動車を運転して、神戸市兵庫区夢野町四丁目八番七号先市道山麓線交差点に差しかかつたところ、被告運転の普通乗用自動車がセンターラインを超えてきたため、正面衝突した。

2  原告の受傷と後遺障害

原告は、本件交通事故により、右大腿骨骨折、肘頭骨折、足関節内顆骨折、腹腔内出血及び腸間膜損傷の傷害を受け、神戸市立中央病院において、平成元年一一月二五日から平成二年四月一日まで入院して治療を受けたが(入院期間一二八日)、その後も、翌四月二日から平成三年三月二一日までの間通院して治療を受け、翌三月二二日から同月三一日までの間は抜釘手術のために再度入院し(入院期間一〇日)、また、翌四月一日から同年六月五日までの間は通院して治療を受けた。

そして、原告は、同病院において、平成三年六月五日、症状固定と診断されたが、右肘、右膝及び右足の関節痛とこれらの機能障害を残し、顔面等に醜状を残したため、自賠法施行令後遺障害別等級表の一〇級一一号と一二級六号と認定され、併合九級と認定された。

3  被告の責任

被告は、本件交通事故当時、被告運転車両を自己のために運行の用に供していたものであり、本件交通事故はその運行によつて生じたものであるから、自賠法三条に基づき、原告の被つた損害を賠償する責任がある。

4  損害の填補

原告は、本件交通事故に関し、これまでに自賠責保険等から合計九九二万円を損害の填補として受領している。

二  主たる争点

本件の主たる争点は、原告の被つた損害につき、原告の収入の認定とこれを前提とした休業損害及び後遺障害に基づく逸失利益の認定の点である。

1  本件交通事故前の原告の収入と休業損害

この点について、原告は、学習塾を経営し、本件交通事故前は年間約三〇数名の生徒の学習指導に当たつてきたが、昭和六三年一二月から平成元年一一月までの一年間における経費差引後の実所得は五九五万九九九五円であつたが、この事故によつてその後休業を余儀なくされた結果、生徒がほとんど離れてしまい、学習塾再開後も生徒が集まらず損害を被つた旨主張する。

これに対し、被告は、原告の昭和六三年分の所得税確定申告では営業収入額がわずか一〇三万四三九五円とされていて原告の右主張とは大きくかけ離れているから、原告主張のような本件交通事故前の収入を前提として休業損害を認めることはできない旨主張する。

2  後遺障害に基づく逸失利益額

また、原告は、前記のとおり、併合九級相当の後遺障害があることを前提として労働能力を三五パーセント喪失したと主張し、六七歳までの残余就労可能年数を二九年間として、前記実所得を基礎に逸失利益の額を主張する。

これに対し、被告は、逸失利益の認定に当たつては、右九級の認定がされているとしても、労働省労働基準局長通牒に基づく三五パーセントの労働能力喪失率を機械的に適用して計算すべきではなく、本件では、原告の学習塾再開後の現実の収入減が具体的に立証されていない以上、労働能力の一部喪失を理由とする財産上の損害は認められないと主張する。

第三裁判所の判断

一  原告の収入

1  そこで、本件交通事故前の原告の収入について検討する。

成立に争いのない甲第六号証の一、二及び第一二号証、いずれも原告本人尋問の結果と弁論の全趣旨によつて成立を認める甲第四号証の一ないし二二、第五号証の一ないし二一、第七号証の一ないし二七及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によると、原告は、高等専門学校卒業後、学習塾の講師をしたのち、昭和四九年から貸室で「塾・誠之館」という学習塾を経営し、自分一人で生徒の学習指導に当たつていたが、家庭教師をすることもあつたこと、年間の平均生徒数はこれまで大体三〇数名であつたが、近隣に大手の学習塾が進出してきたため生徒数が伸び悩んでいること、生徒は、途中から入会する者もいれば途中で退会する者もおり、夏と冬に特別授業を受けるものもいたこと、本件交通事故前頃の月謝の額は、学習塾では、週一回で大体小学生が一万三〇〇〇円、中学生が一万五〇〇〇円、高校生が二万円とされていたが、入会金の支払の有無ないしその額は一定しておらず、また、家庭教師の場合の月謝は大体三万円とされていたこと、そして、原告は、本件交通事故の結果、平成二年四月一日に退院するまでの間学習塾を開けず、家庭教師もできなかつたが、同年五月に学習塾を再開したときには生徒は八名しかおらず、さらに平成三年三月には四名程度にまで減つたこと、この生徒数減少の原因について、原告は、学習塾を休んでいる間に生徒が他塾へ移つたことと原告が新規の生徒募集に力を入れられなかつたためではないかと考えていること、の各事実を認めることができる。

2  原告は、右の事実をふまえて、さらに本件交通事故前には学習塾と家庭教師とを併せて合計三六名の生徒がいて、昭和六三年一二月から平成元年一一月までの一年間に合計六五六万六〇〇〇円の収入があり、必要経費合計一一二万九九二〇円を差し引くと、右一年間に五四三万六〇八〇円の実所得があつた旨供述し、また、前掲各書証の中にはこれに沿う記載も一部存在する。

しかしながら、原告の供述する右の各金額は、本件訴状に記載された原告主張にかかる金額とも食い違うことが明らかであるし、また、原告本人尋問の結果によると、原告が被告を相手方として申し立てた休業補償を求める仮払仮処分申請の際の数字とも食い違うものであることが認められ、原告において一定した数字を主張するところがないばかりか、さらに、成立に争いのない乙第一号証及び原告本人尋問の結果によると、原告は、平成元年二月、昭和六三年分の所得税確定申告の際に、営業収入を一九一万一〇〇〇円、営業所得を一〇三万四三九五円として申告しており、原告の供述する前記金額と大きくかけ離れていることが認められる。この確定申告について、原告は、将来の生徒数減少に対する不安から過少申告をした旨述べるが、右当時に、既に生徒数減少の不安をもたらすような事情が既にあつたのであれば、本件交通事故前においても生徒の数が減つてきていたのではないかとの見方ができなくもない。

のみならず、原告の供述及び甲第七号証の三ないし七によると、右三六人の生徒の中には原告の兄河野光男の子供五人(当時いずれも高校生)が含まれており、家庭教師として日曜日の夜にこれらをまとめて教え、原告の兄から毎月合計一五万円の月謝を受領し一年間で一八〇万円の収入を得ていたというのであるが、他に立証のない本件においては、原告が甥と姪の家庭教師を行うことによつて真実右の額の収入を得ていたとするにはいささか疑問の余地がないではない。

以上に指摘した事情に加え、学習塾や家庭教師というような仕事の場合には、前記のようにそもそも生徒の入・退会が不規則、不確定であり、収入が一定しないものであることを考慮すると、原告の前記供述等を直ちに採用することはできず、他に適切な証拠もないから、原告が前記申告所得額を相当程度上回る収入を得ていたことは窺われるものの、原告が供述するような生徒数が現実にあり原告が供述するとおりの実所得を得ていたものと認定することはできないというべきである。

3  そうすると、本件交通事故前の原告の収入の認定に当たつては、実所得額により得ないということになるが、本件のような場合、これまでに認定、説示した諸事情を総合すると、原告がその労働によつて、ほぼ同学歴、同年齢の男子労働者の平均賃金程度の収入を上げる蓋然性はあるということができるから、これをもつて原告の損害額算定の基礎とするのが相当である。

そこで、原告は本件交通事故当時三六歳(昭和二八年二月九日生)であつたところ、平成元年賃金センサス第一巻第一表産業計企業規模計男子労働者の高専・短大卒の三五歳―三九歳の平均賃金は年額五二一万四四〇〇円であるから、本件原告の年収はこれによるべきものである。

二  休業損害 合計五三八万八二一三円

1  原告は、平成元年一二月から平成二年三月末までの四箇月間は入院のために全く稼働できなかつたから、前記年収額によつてこの期間の休業損害を計算すると、次の算式により、一七三万八一三三円となる。

五二一万四四〇〇(円)×四÷一二

2  また、原告は、前記のとおり平成二年四月一日に退院し同年五月から学習塾を再開したが、前記のような休塾に伴う生徒離散のために思うように生徒が集まらなかつたのであつて、この平成二年四月一日からその後症状固定とされた平成三年六月初め頃までの一四箇月の期間については、いわば退院後間もないために学習塾経営が軌道に乗らない期間であつたといえるのであり、これまでに認定、説示した本件交通事故前後における原告の学習塾経営の実情及び生徒数の減少傾向、これらに対する原告の受傷と入通院の影響の程度等諸般の事情を総合勘案すると、右期間全体を通じて、本件交通事故によつて原告の収入が六割減少したものと認めるのが相当である。

したがつて、前記年収額によつてこの期間の損害を計算すると、次の算式により、三六五万八〇円となる。

五二一万四四〇〇(円)×〇・六×一四÷一二

三  後遺障害に基づく逸失利益 九一九万二四六五円

原告の後遺障害の部位、程度は前記のとおりであつて、前記認定のような原告の従事する仕事の種類、内容と原告の供述する現在の生活状況や仕事ぶり等諸般の事情を考慮すると、右後遺障害によつて今後の学習塾の経営と家庭教師のやり方に影響が出るものと推測されるが、併合九級の認定がされているとはいえ、原告は右後遺障害によつて一〇パーセントの労働能力を喪失したにとどまるというべきである。そして、この労働能力の喪失は前記症状固定時(三八歳)から六七歳までの二九年間継続するものと推認されるから、前記年収額により、新ホフマン係数を用いて中間利息を控除して後遺障害に基づく逸失利益を計算すると、次の算式により、九一九万二四六五円となる。

五二一万四四〇〇(円)×〇・一×一七・六二九

四  入院付添費 九万円

原告本人尋問の結果と弁論の全趣旨によると、原告の入院期間のうち当初の三〇日分については、原告の妻の付添看護が必要であつたと認められるところ、この入院付添費用としては、前記のような受傷内容及び病院では完全看護とされていたことをしん酌すると、一日当たり三〇〇〇円の割合でこれを認めるのが相当であり、結局、九万円となる。

五  入院雑費 一六万五六〇〇円

原告の入院期間は合計一三八日間に及ぶところ、一日当たり一二〇〇円の割合で入院雑費を認めるのが相当であるから、これを計算すると、一六万五六〇〇円となる。

六  通院交通費 合計一〇万五六〇〇円

原告の入院期間中に原告の妻が看護のために通院した交通費としては、往復ともにバスを利用するものとし、一日一回の限度で右通院が必要であつたと認めるのが相当であるところ、弁論の全趣旨によると、原告の妻は訴状添付の「交通費一覧表」の年月日欄記載のとおり合計一〇八日間病院に通つたこと及び往復のバス料金が八〇〇円であつたことを認めることができるから、これを計算すると、八万六四〇〇円となる。

また、原告の退院後の通院交通費としては、弁論の全趣旨によると、原告は合計二四日間(実日数)通院したことが認められるから、これを右往復のバス料金八〇〇円で計算すると、一万九二〇〇円となる。

七  慰謝料 合計七一〇万円

まず、受傷による入通院慰謝料としては、前記傷害の部位、程度及び入通院の期間等を勘案すると、二一〇万円が相当である。

また、後遺障害に基づく慰謝料としては、前記後遺障害の部位、程度及び原告の現在の生活状況等を勘案すると、五〇〇万円が相当である。

八  損益相殺

以上の損害額合計二二〇四万一八七八円から当事者間に争いのない填補額九九二万円を控除すると、残額は一二一二万一八七八円となる。

九  弁護士費用 九〇万円

本件事案の内容、審理経過及び認容額等に照らすと、本件交通事故と相当因果関係があるとして賠償を求め得る弁護士費用の額は九〇万円と認めるのが相当である。

一〇  以上によると、原告の請求は、一三〇二万一八七八円及びこれに対する不法行為の日以降の日であることが明らかな平成元年一一月二六日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行宣言については同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 安浪亮介)

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